『主君「押込」の構造』笠谷 和比古

主君「押込」の構造―近世大名と家臣団 (講談社学術文庫) | 笠谷 和比古 |本 | 通販 | Amazon
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本の紹介
江戸時代に、藩を潰しかねない危険な藩主を強制的に隠居させる「主君押込(しゅくんおしこめ)」というものが、一般的慣行として存在していたことを書いた本。これまで主君押込は、あくまで偶然的な、例外的な陰謀事件に過ぎないものと捉えられていたが、そうではなく幕府から黙認され、一般的に行われていた慣行であったことを述べている。

遊郭で藩のお金を浪費したり、朝から酒を飲み酔っ払いまともな政治判断ができなかったり、自分のお気に入りの新参者を厚遇して独断でことを勧め、急進的で無理な改革を断行したりといった、そんな藩主は家臣にとっては御家を潰しかねない憂慮すべき存在だった。

下剋上が認められない江戸時代は、そうした悪政を敷く主君を家臣で取り囲み、刀を取り上げて幽閉し、病気で政治ができないということにして新しい藩主を立てるといったことが、一般的慣行として行われた。下剋上ではなく、あくまで忠君による御家のための行動であるため、主君押込には然るべき正当性が求められる。家老・重臣が行うこと、後継者は藩主の血縁の者にすること、事前に藩主の親類に通知し了承を得ること、といったことが必要とされた。

また下剋上ではないのだから、寝込みを襲うような不意打ちをするのではなく、事前に諫言を重ねそれでも改善しない場合の処置とした。あくまで家臣団の忠君としての倫理に沿って行われるべきものであるから、謹慎期間としての側面もあり、藩主が反省し改善を誓約して、政治に復帰することもあった。

読んだきっかけ
江戸時代に各藩で行われた、地方知行制から俸禄制への移行はなぜスムーズに行われたのかが気になり、この本を読んでみた。前回、中公文庫『日本の歴史15 大名と百姓』で紹介したが、江戸時代初期に財政難に陥った藩はそれまでの地方知行制から俸禄制に移行し、藩の税収を増やすことを目指した。

知行制から俸禄制への移行は、家臣の領地を取り上げそれを藩のものにする訳だから、当然家臣団の強い反発に遭うことになる。家臣団の抵抗に勝てず改革が失敗したのが、伊達騒動に見られる御家騒動といわれるもので、これは藩の改易という最悪の事態を招くことになる。

とはいえ、改易だけは免れたいからといって、家臣がすんなりと藩に知行地を渡すとは考えにくい。代々、古来中世より多くの犠牲を払い命を懸けてきた譜代の家臣が、先祖代々受け継いできたものや祖先の犠牲によって手に入れたものを、そうやすやすと手放すことはないだろう。

しかし、大きな抵抗が起こるべき俸禄制への移行にかかわらず、多くの藩では御家騒動に発展させることなく、蔵入地を増やして藩の財源確保を達成させている。家臣による反発をうまく抑えたということだろう。これは何を意味するのだろうか。

改易への危機感だけで、家臣が団結して藩主に自分の知行地を返還したのだろうか。それとも御家騒動を起こさなかった多くの藩では、藩主は絶対的な権力をもち家臣を統制していたのだろうか。あるいは主君は絶対という理念が浸透していて、家臣たるもの主に絶対服従をするべきだという思想が根付いた時代だったのだろうか。そんなことが『日本の歴史15 大名と百姓』を読んだ時に引っかかった。

家臣団の抵抗を考えた時に、思い出したのがこの『主君「押込」の構造』だった。おそらくこの本の文庫版が出た時(2006年)だろう、何かの本を読んでいる時に知った。中世の下剋上が形を変えて近世に続いたものという程度の認識しかなかったが、江戸時代を扱っていることもあり、自分の疑問を解く参考になるのではないかと思い、本を読んでみることにした。

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読んでよかった点
知行制から俸禄制への移行が分かった。自分の疑問があっさりと解決した。本の主題は暴君を強制隠居させる「主君押込」だが、その理解を深めるために近世初期の国制についての説明がある。1章割いて家臣団の構成や知行地の説明、家臣の君主に対する思想が書かれているのだが、これが非常に参考になった。

戦国時代の延長であった地方知行制では、家老は隣国との境界に配置される。常時他国からの侵略に備え、いつでも他国に侵入できるように、軍備を整えて隣国に向かい合っている。そのための知行地であり、年貢を収めさせる権利や徴兵させる権利を与えられていた。

徳川の世になり徳川幕府の藩の一員となると、一国一城制がとられ軍事面での家老の役割は終わる。江戸時代初期の頃はまだ支城が残されていて、そこに家老が居続けたが、俸禄制への移行の必要性が高まるとそうもいかなくなる。

そこで、各藩は家老を藩の政治に介入させることで知行地を藩のものにすることにしたのだ。それまでの政治は主君の近習が政策を各家老に伝え、家老はそれに従うというかたちだったが、力のある家老を藩の政治の中心に据え、藩主を含めた合議で政策を取り決め実行する形式になった。

このようなかたちで一見、俸禄制への移行が上手く行われたかのように見えるが、主君の下での家老合議制という形式ができたことにより、主君独裁はあり得ないものとなる。それぞれの知行地をそれぞれの判断で運営していればよかった領国経営は、年貢収取・治水・新田開発・飢饉や災害時の領民救済・治安維持・裁判等々、全般的な藩の運営を決める際には家老の承認を得たり、家老の意見をくまねばならなくなる。

そして君主独裁を行おうものなら、家老らによる押込が実行されることになったのだ。改革を行うにも家老らの利権を侵す政策なら承認されるものではないし、藩主は旧来から仕える煙たい存在である譜代の重臣に囲まれ、藩の統治を行うこととなった。

また、俸禄制への移行の際に、多くの藩で知行地を「借り上げる」というかたちが行われた(借地制)。主君の側の都合で家臣の俸禄を削ることは、たとえ借用であっても恥ずべき行為という観念があり、借地令が発布される際には主君自らが「心外」「不徳」「心痛」といった自責の念を表明し、家臣に詫びるのを常としたらしいのだ。

これほどの譲歩があって、地方知行制から俸禄制への移行が行われたのだ。譲歩をしなかった藩や重臣が納得しなかった藩では御家騒動が起こり、改易されている。本を読んでこうしたことを知れたのは良かった。君主による絶対的支配というものが無かったことが分かるし、改革を行うことの大変さが理解できる。

大飢饉や地震、火山の噴火への対応や後の時代となる幕末に倒幕か佐幕かの対応を迫られた時など、その時々に各藩は大きな岐路に立たされ、難しい選択を迫られる。その時に、藩主一人が判断を下したのではなく、重臣たちが合議により問題を解決し、ある時は政敵の排除といった生臭いことが行われながら、藩の運営が行われたのだろう。

そして主君が独断で政治を運営できないのは、かたちが違えどいつの時代にも存在する真理だと改めて考えさせてくれる。

本では、近世の国制の説明のとこで合戦時の家臣団の構成や配置、主君に対する思想についても書かれていて、江戸時代だけでなく戦国時代に興味のある人にも参考になる事柄が書かれている。

そして、メインとなる主君押込めに関して書かれていることは、是非とも本を読んでもらいたい。主君押込とはどういった性格のものなのか、どのようにして行われたのか、藩で行われたことに対して幕府の対応はどういったものだったのか、様々な事例を挙げて説明していて、こちらも江戸時代を学ぶうえで参考になる。

今一つだった点
特になし。余計なことが書かれておらず簡潔。いつものことだが、電子書籍を出してほしい。

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