旅の拾いもの

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【東京】御岳山③ 御岳講(檀那)について

御岳山御師による精力的な布教により、江戸時代には多くの庶民が御嶽山に登拝した。彼らは講を組み、御岳講の一員(講中)として参詣をした。今回は村人にフォーカスを当て、御岳講の講中が御師とどのように関わり参詣したのか、見ていきたい。 御岳...
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【東京】御岳山② 御師の活動

『武州御嶽山信仰』(西海賢二著 岩田書院)を読むと、御嶽山の御師の活動がどれだけ精力的だったのか、知ることができる。今回は御嶽御師の活動について、少し書いてみたいと思う。 御嶽御師の布教近世の明暦年間(1655~1658年)になると...
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【東京】御岳山① 武州御嶽山信仰

御岳山には御師集落がある。数十軒の家があり約140人ほどの住人がいて、主に御岳山に登って来た人達に食事や寝床を提供してその生活を成り立たせている。現在もなお御師集落がある所は珍しく、関東では御岳山と神奈川の大山だけである。 今回メイ...
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【柴又散策】自治体のホームページからその土地の歴史が分かる

先日、メインサイトで柴又散策の記事を書いていたら、柴又の町についていろいろと知った。散策をしたのは今から2年以上前になるのだが、当時は柴又帝釈天の彫刻ギャリーと、海外でも有名な日本庭園のある山本亭を観に行っただけで、特に柴又の土地について...
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【柴又帝釈天】庚申待 帝釈天信仰や庚申信仰、暦、講、縁日などについて

メインサイト(綴る旅)で柴又帝釈天の記事を書いていたら、庚申待(こうしんまち)というものを知った。60日ごとにめぐってくる庚申(こうしん)の日に、地域の者が集まり夜通し朝まで起きている行事だ。江戸時代には日本の各地にあり、昭和三十年代まで...
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【日本一周4日目・5日目】和歌山県 熊野詣から知る日本の中世 参考文献

熊野詣について調べていると、次から次へと興味のあることが出てきて、その都度、本を買ったり借りたりした。その道の専門家が書いた文章は説得力があるし、分かりやすい。熊野信仰の歴史や遊行聖について興味を持った方は、今回調べる際に読んだ本をまとめ...
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【日本一周4日目・5日目】和歌山県 熊野詣から知る日本の中世⑤

小栗判官唱導に使われた説経節で有名なものに「小栗半官」の物語がある。これも、熊野の歴史を調べていると必ず出てくる。ハッピーエンドで終わるストーリー性のある物語で、時宗はこれを布教に使って熊野詣の勧進を行った。 簡単に物語を説明すると...
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【日本一周4日目・5日目】和歌山県 熊野詣から知る日本の中世④

山伏もう少し先達を掘り下げて、山伏についてみてみることにする。先ほどは関所を無料で通過できる山伏やそれをいいことに隠密活動をする山伏がいたことや、山道で関銭を要求する山伏について書いた。今度は檀那を獲得する山伏について書いてみたいと思う。...
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【日本一周4日目・5日目】和歌山県 熊野詣から知る日本の中世③

武家による熊野詣承久の乱後は上皇の熊野御幸はほとんど行われなくなる。後嵯峨上皇の2回と亀山上皇の1回が行われたのみで、その後はなくなる。しかし熊野詣が全く行われなくなった訳ではなく、貴族の中には引き続き熊野に参詣する者もいた。王子の多くが...
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【日本一周4日目・5日目】和歌山県 熊野詣から知る日本の中世②

熊野御幸の最盛期熊野御幸の最盛期の数だが、火付け役となる白河上皇の最初の熊野御幸から、実質最盛期が終わる後鳥羽上皇の最後の熊野御幸まで、121年間で92回となる(回数は諸説あり)。白河上皇は第一皇女の死を機に出家し、第一回目の熊野御幸から...
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