【京都府】伊根の徐福伝説 始皇帝から不老不死の薬を探すよう命じられた医者の上陸伝説

京都府

海の京都伊根には浦島伝説があり、古代中国大陸との交流があったことが知られている。
そんな伊根には徐福伝説もある。

徐福とは、紀元前221年に中国の統一を果たした始皇帝から、不老不死の薬を見つけるよう命じられた医者で、
三千人の人夫を率いて航海に出たものの、戻ってこなかったことが中国の歴史書の『史記』に書かれている人物。

その徐福が上陸したと伝わる場所が、伊根にある。
伊根湾からレンタサイクルで約1時間で行ける新井崎(にいざき)神社がそれである。
新井崎神社には徐福上陸の地の碑があり、徐福を祭神として祀っている。

神社の説明には、
徐福は紀元前219年に始皇帝に、海中に三神山があり、そこに仙人がいて不老不死の薬を練っているので、それを取ってきたいといい、許可を得て航海に出てこの地に上陸し、
黒茎の蓬(くろくきのよもぎ)と九節の菖蒲(きゅうせつのしょうぶ)を求めめた
と書かれている。
徐福はよく村人を導いたので村長となり、死後、神として祀られ、その御利益は海上安全や豊漁、病気の平癒、特にハシカの神として有名である
とも。

伊根町の新井崎に辿り着いた徐福はこの地に住み着き、医薬・天文や占い、漁業や農耕を教え、そのため里人たちに慕われ、死後に産土神として新井崎神社に祀られた。

興味深いのが、仙人から分かるように伝承に道教の思想が入っていることである。
神社の境内からは冠島と沓島が見えが、二つの島が冠島・沓島と名付けられているのも、道教思想によるもので、道教では、死ぬ際に冠と沓を残して地上より消滅して仙人になるという「尸解仙(しかいせん)」と呼ばれるものがあり、その思想が反映されているという。

徐福が日本に上陸した伝承は、丹後の他に日本各地にある。
『京都府の不思議辞典』によると、徐福伝説は他に紀州熊野一帯、富士山・吉田市、佐賀県、宮崎県延岡、鹿児島県串木野、東北などにある。

『日本三景の謎 天橋立、宮島、松島―知られざる日本史の真実』によると、徐福が探した不老不死の薬は水銀とされ、かつて水銀埋蔵地帯だった奈良の吉野や三重の熊野、和歌山の高野山、そして丹後から若狭にかけての地域にその伝承があるという。

新井崎神社の境内の様子は旅ブログの記事をどうぞ↓

【京都】舟屋が並ぶ魅力の港町 伊根 後半(電車日本一周補完の旅9日目②) | 綴る旅 (tsuzuritabi.com)

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参考文献

井本伸廣 (編集)・山嵜泰正 (編集)『京都府の不思議辞典』新人物往来社(2000年)

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宮元健次『日本三景の謎 天橋立、宮島、松島―知られざる日本史の真実』

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