【小話】藩を潰しかねない主君は強制的に隠居させてしまう江戸時代の一般的慣行「主君押込」

江戸時代といえば、武士は主君に絶対的な忠誠を誓い、主君の命令に服従するものといったイメージがあるかもしれない。武士道や葉隠れという言葉のイメージもそうしたものだという人も少なくないのではないかと思う。

しかし、悪政を敷く主君に対しては、意見し改善が見込まれない場合に限り、強制的に隠居させることが容認されていた。「主君押込(おしこめ)」といって、遊蕩・大酒・専制に陥る主君は然るべき権限のある家臣が、然るべき手続きを踏まえれば、退位させることが認められていたのだ。

遊郭で多大な藩のお金を浪費したり、朝から酒を飲み政治能力がなかったり、あるいは自分のお気に入りの者だけを優遇したり急進的で無理な改革を断行したりといった、そんな主君は家臣にとっては御家を潰しかねない憂慮すべき存在となる。

そんな主君に対しては、家老が諫言をしたり連判で陳情を出して行動の改善を求めるが、それでも改善の見込みがない場合は、期を見計らって家臣で主君を取り囲み、刀を取り上げて閉居させてしまう。そして病気だということにして、表舞台から消してしまうのだ。

これは江戸時代に、徳川一門、譜代、外様の各家全般にわたって見られた慣行である。

家臣による主君の廃位は、江戸幕府転覆の正当化にも繋がる恐れがあるため、それには然るべき「正当性」が必須だった。藩主に対する押込なら家老が行うこと、後継者は然るべき血統の者から選ぶこと、藩主の親類にその旨を事前に知らせ許可を得ること、といった決まりがあり、押込を正当化できるものでなければならなかった。

主君押込は、藩主の改革が家臣の利権を侵すから仕返しするという、単なる下剋上であってはならないものだから、蟄居させた後に面談を行い、改心が見込まれ誓約がとれれば主君は藩の政治に復帰することもあった。

同時に、復帰後に藩主が押込をした家臣を牢獄に入れるといった仕返しが行われたケースもあり、主君押込は家臣にとっては命がけの行為となることもあった。

江戸時代の幕府や藩の政治を考えた時、こうしたことを押さえておくとより理解が進むと思う。飢饉や経済、外国との関係といった様々な問題に直面し大きな改革が迫られた時に、藩主の独断で改革を断行できなかったことが分かる。

また、考え方・用い方によっては主君押込がクーデターの正当化になるし、家臣同士の権力争いの道具にもなる。力の持った家老が押込を悪用すれば、政治能力のない幼い藩主を立てて政治を意のままにすることはできなくもない。また、邪魔な政敵に対して、表向きは主君押込の確約を得ておきながら、それを主君に密告して粛清させるといったこともできなくはないだろう。

主君押込が幕府から容認されていた以上、それが藩内の権力争いに利用され、また主君はその危険に常に身を置いていたことが理解できる。

黒船来航以降の倒幕か佐幕かといった、各藩が揺れた時期は、藩の中での意見の対立があり、血生臭いことや生々しいことが各地で起きたのではないかと思う。

この主君押込は、下剋上が認められない天下泰平の世における主君の強制隠居という意味で、江戸時代に行われたものであるが、下剋上の認められていた時代の家臣による主君のすげ替えは、中世から既にあったものである。鎌倉時代の頃から、武家社会には常に専制君主があった訳でなく、家臣団による合議が組織の意思決定に強く関わってきたことが分かる。

興味のある方は、扱っている時代は江戸時代となるが、笠谷和比古氏の『主君「押込」の構造』に詳しく書かれているので、こちらをおすすめしたい。「本のレビュー」も書くので参考にしていただければと思う。

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