【小話】仁徳陵の見所

大阪府

2019年に世界遺産に登録された仁徳陵。周辺の百舌鳥古墳群と、仁徳陵に劣らぬ規模の応神陵(誉田山古墳)とその周りの古墳群(古市古墳群)も含めて、「百舌鳥・古市古墳群」として、ユネスコ世界文化遺産に登録されている。

2015年に電車で日本一周をした時に仁徳陵に行ったが、特にこれといって見所がある場所ではなかった。正面から少しだけ陵墓に近づけるだけで、中を見れる訳ではないし、上空や遠くから全体像を見渡せる訳でもない。陵墓を一周しようにも歩いて1時間かかるし、見えるのは緑色の掘りと木だけである。

世界遺産登録を受けて、令和3年に百舌鳥古墳群ビジターセンターなるものができたらしいが、それでも日本最大の陵墓の見所が格段に増えた訳でもなく、「がっかりスポット」になりかねない感じがしないでもない。

しかし、そもそも仁徳陵は天皇の陵墓であって、観光の場ではなく参拝をする場所である。真夏の炎天下である集団が姿勢を正して頭を下げている光景は印象深かったが、「この場所はお祈りをする場所なのですよ」と教えてくれる光景だった。観光スポットとして考えてはならない場所なのである。

とはいえ、世界遺産。歴史の教科書にも必ず出てくる有名な所だけに、大阪に行ったからには観光がてら一目見に行きたいと思う人も多いのではないかと思う。今回は少しでも仁徳陵の魅力が増えればと思い、こういうことを知っておけば訪れた時により楽しめるのではないかと思うことを少し書いてみたいと思う。

大仙陵古墳の特徴といえば、なんといってもその大きさだろう。クフ王のピラミッドと秦の始皇帝陵にならぶ、世界三大陵墓として知られている。大阪湾を望む堺市の高台にあり、長さ480m、高さ35mの大前方後円墳である。この日本一の大きさを誇る墓は、延べ140万6千人が造営に参加したといわれている。1日千人の労働者を使っても4年近くの歳月がかかったのだ。

これだけの人数を集めて大掛かりな造営が行われたことから、当時の政権(仁徳朝)は絶大な権力を持った統一王朝だったことが分かる。そして、規模の大きい土木事業が治水・灌漑にも行われたことも分かる。300年後半から400年前半の5世紀の応神朝・仁徳朝の頃に、現在の奈良や大阪に大貯水池が造られ、堤を築かれ、大掛かりな灌漑事業が行われ大農地が経営されたのだ。

また、これだけ大きな陵墓が造られたのは、仁徳天皇の治世が仁政だったからだといわれている。「仁徳」という諡(おくりな)から分かるように、生前に徳の高い統治が行われ、それを後世に伝えるために大規模な陵墓が築かれたとされている。仁徳天皇の治世について、よく知られている話に、こんな話がある。

仁徳天皇が高い山に登って四方の国を見渡し、「国のなかに煙立たず、国みな貧し。いまより三年にいたるまで、人民の課(みつぎ)・役(えだち)を除(ゆる)せ」と詔(の)りたまわり、自分の御殿の修理もしなかったので雨漏りが酷かった。三年後にまた国見をすると家々から煙が立ちのぼり、民が富み栄えていたため課役を命じた。

もう一つ、これだけ大きな陵墓を造ったのは、瀬戸内海から見えることを意図としているらしい。今ではビルが建ち当時見えたであろう壮大な古墳を海から見ることができないが、戦前は神戸港から河内の古墳が見えたらしい。海から見えることを意識して造られているのは、吉備とはじめとした各地の豪族に対して、統一王朝の権力を表すためともいわれている。

他にも、仁徳陵は夏至の日の出の方角である北東を向いているが、これは夏至は一年のうちで太陽の力が最も強くなる時期であり、仁徳天皇の偉大さを表している、なんてこともいわれている。また、河内という地には昔は牧があり、当時朝鮮から入ってきた軍馬の飼育や訓練が行われていて軍事国家だったのだ、なんてこともいわれている。

興味のある方は事前に調べてから訪れてみると、より充実した時間を過ごせるのではないかと思う。

仁徳陵を訪れた時には、近くにあるいたすけ古墳も見てほしい。残念ながら自分が行った時にはその存在を知らず立ち寄ることがなかったのだが、近くにあるので見に行ってみるといいと思う。堺市歴史博物館のある大仙公園を挟んでいたすけ古墳がある。

いたすけ古墳は、昭和30年(1955年)頃に住宅造成のため破壊されそうになったのを、市民運動によって工事が中止され、保存さた古墳である。土取り工事のために造られたコンクリートの橋桁が現在も濠の中に残されていて、それは古墳保護運動の勝利のモニュメントといわれている。

戦後の食糧難のために畑にされたり、台風による被害の復旧のために土が取られたり、そして住宅を造るために崩されたりと、多くの大阪の古墳が戦後に壊された。形だけの、調査らしい調査が行われることもなく、刀剣や甲冑、勾玉などの埋葬品が廃棄されてしまった。

そうしたことから、当時は文化財保護というものがなかったことも知ることができる。

2015年7月電車日本一周で訪れた仁徳陵
歩道からは緑色の掘りと樹々が見えるだけで見所がない
炎天下の中、姿勢を正して参拝している団体が印象的だった

ついでだが、大仙公園にある堺市博物館は見所があっておすすめだ。

【旅7日目】大阪1日観光 食より歴史 大阪の歴史にふれる旅
大阪のネットカフェで朝を迎えます。旅7日目は1日大阪府内を観光します。四天王寺、大仙陵古墳、堺市博物館、大坂城、適塾を回ります。それでは旅の行程です。7日目の行程9:00四天王寺↓10:00大仙陵古墳↓10:50堺市博物館↓13:00大阪城

参考文献
井上光貞『日本の歴史1 神話から歴史へ』中公文庫(2020年)

日本の歴史〈1〉神話から歴史へ (中公文庫)
謎にみちた日本民族の生成を神話学・歴史学・考古学の最新の成果によって解明、神話の中の真実を探り、女王卑弥呼を語り、日本の歴史の夜明けを描く。

蓮池明弘 kindle版『「馬」が動かした日本史』文春新書(2020年)

Amazon.co.jp: 「馬」が動かした日本史 (文春新書) eBook : 蒲池 明弘: 本
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宮川徏『よみがえる百舌鳥古墳群』新泉社(2018)

よみがえる百舌鳥古墳群―失われた古墳群の実像に迫る
戦中・戦後から発掘と保存活動に取り組んできた著者が、大山古墳(仁徳陵古墳)だけでない古墳群の内容、戦後の破壊のありさま、古墳設計の実物大実験、陵墓の公開運動など、著者だけが知っている百舌鳥古墳群の実像を紹介する。

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