『日本の歴史1 神話から歴史へ』井上光貞

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概略
日本が未開の状態から文明を持つまでに至る過程を、神話や伝承といった曖昧なものと、人類学や考古学といった確かな記録のあるもを統一的に説明した本。扱う時代は、神話・伝承では古事記・日本書紀から、考古学では旧石器時代から始まり、六世紀に磐井の乱が起こり、朝鮮半島の任那の日本政府が新羅に滅ぼされ、百済から仏教が入ってきたあたりまでとなる。

神話・伝承というと、古事記・日本書紀から分かるように、全てが本当のことではない。非科学的な記述があるし、六世紀の大和朝廷の宮廷人が自分たちの支配を合理化するために作り出した政治的な所産でもある。

しかしそれは、昔から伝えられ行われてきた宗教的・政治的な諸儀礼を基にしたものであって、そのすべてが宮廷の知識人が頭の中でこしらえたものではない。民間ではなく支配者層の中で行われてきた儀式ではあるが、その伝えられてきた諸儀礼には、われわれ日本人の、祖先の思想や習慣が無尽蔵に編み込まれていて、それは遺跡や遺物を研究する人類学や考古学では到底捉えることのできないものが含まれている。

文字に記録されたことや土から発見された遺物という確かな証拠と、今日では軽視されがちな神話・伝承を統一的に扱い、人々の暮らしや歴史の歩みを説明し、そして未開の状態から統一国家を形成し文明を持つようになるに至る過程を書いた本となっている。

読んだきっかけ
日本史の通史の中で名著といわれる中公文庫の日本の歴史シリーズを一通り読んでみたいと思い、第一巻から読んでみることにした。前回に紹介した江戸時代の巻を3冊と中世の巻を3冊ほど読んでみて、読み応えのある面白い本だと思った。いつ誰々がどんな政治を行ったのかという為政者の歴史だけでなく、庶民がどのような暮らしをしていたのか知ることができるし、宗教や文化のことも知ることができる。

読んでいると自分の日本史の知識の少なさを実感するが、同時に日本史をある程度知っていれば、日本の文化や風習を調べた時に更によく理解できるのではないかと思う。それに散策や旅も更に楽しくなる。そんな訳で大学受験以来、全く頭から消えている日本史をもう一度学び直そうと思い、読んでみることにした。

読むにあたってこの巻には期待した。シリーズの第一作目となる第一巻は、本の構成や面白さ、シリーズ全体の良し悪しを決める立ち位置にある本だと思う。読者を飽きさせないように、次巻も読んでもらえるように、配慮されて作らるものだと思う。それだけに、神話と考古学といった個人的にはさほど興味のない時代の事柄をどのように書いて行くのか、読む前から期待の膨らむ本だった。

それともう一つ、シリーズを通してそれぞれの巻の難易度を知りたかった。前回読んだ15巻の『大名と百姓』は非常に難解だった。本を投げ捨ててしまおうかと、何度も思ったくらいだ。しかし逆に、同じような難しい巻があるのか、それも知りたいところだった。自分と同じようにこれから日本史を学び直したい人にとって、読みやすさや難易度は興味関心のあることだと思う。

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よかった点
個人的には興味の持てない時代だったが、分かりやすく読みやすく、そしていろいろなことを知れた。日本史の基礎知識のない自分にとっては、そんな深く掘り下げられてもと、退屈に思う箇所もあるが、一定の知識のある人にとっては読み応えのあるものだと思う。邪馬台国がどこにあったのか、古墳に銅鏡が副葬されている理由はなんなのか、神武天皇は実在したのか、神武天皇の後の八代の天皇の空白は何を意味するのか、など、歴史が好きな人にとってはこんなことまで説明してくれるのかと、読みごたえがあると思う。

古代という不明確な時代について、幾つかの学説と著者の意見が書かれていて、どれか一説に偏っていないのも良い。学説は本が出された当時のものではあるが、その時の主要な学説とその反論、そして著者の意見と三つの捉え方を読むことができるので、勉強になる。

本の構成に沿って、それぞれの項目の中で面白かった点を挙げたいと思う。

神話
神話ではストーリーはほどほどにして、登場人物の行動が何を意味するのか説明しているのが勉強になったし退屈せずに済んだ。

天照大神が岩屋に籠る有名な話では、これは日蝕神話ではなく冬至の祭である鎮魂祭を意味しているという説が紹介されている。太陽が最も弱くなる冬至は、皇祖神が天皇から去っていくと考えられ、祭儀をすることで日の神の魂を呼び迎え、天皇の魂の勢力を奮い立たせるものだとある。

そこには太陽と皇祖神を一つとする思想があり、太陽は山や川とは違い一つしかないことを示している。突発的に起こる日蝕の時ではなく、毎年巡ってくる冬至に合わせて鎮魂祭を行うことで、天皇による統治を知らしめる意図があった。

天宇受売命(あめのうずめ)が岩屋に隠れた天照大神の関心を引くために、変な踊り舞って神々がどっと笑ったのも、笑うことによって冬は終わりを告げ春がやって来ることを表している。冬に笑い祭が各地に残されているのもそこから来たものだとされている。

また、国づくりの英雄、大国主神(おおくにぬしのかみ)が何度も何度も八十神に殺され、その度に生き返る場面や、須佐之男命から数々の試練を受ける場面からは、服役婚や成年式という風習や儀式が含まれていることが分かる。服役婚とは労役婚・労働婚ともいわれる、結婚に先立って花婿が花嫁の実家に住み込んで、一定期間働く風習である。これは日本だけでなく東南アジア・東北シベリアをはじめ世界の各地で見られる古代の風習である。

成年式は、若者が成年として認められるために試練を課されるもので、そこには儀礼的な死が含まれていることが、これも世界で見られる。死んだ数だけ、殺された数だけ強くなるという再生観がそこにはある。

興味深いのは、日本の神話に見られるストーリーの一場面に、世界の神話との共通点があることである。神話の場面によってその分布は異なるのだが、アジア大陸や太平洋諸島の神話と共通点があるものが多い。アジアでは中国からベトナム、カンボジア、タイ、インド、南シナ海のボルネオ島、太平洋諸島はパプアニューギニアにニュージーランド、トンガにサモアにと分布している。

伊邪那岐(いざなぎ)が黄泉の国にいる伊邪那美(いざなみ)から逃げる話は呪的逃走神話といわれるものなのだが、これは日本の近くの国だけでなく、ブラジルやアフリカ、スカンジナビア半島やブリテン島の神話にも共通点が見られ、その範囲の広さには驚く。

本を読むまでは日本の神話は主に中国や朝鮮から入って来たものだと思っていたが、北方アジアだけでなく東南アジアからも入って来たものが併存していることを知れた。

旧石器〜弥生時代
考古学で扱う時代では、なぜ大昔に使われていた物が残るのか、という疑問に答えてくれる。よくよく考えてみると、土の中から大昔の食べ物が出てくるのは凄いことである。どうしてそういうことが起こるのだろうか。

これは籾(もみ)が焼けているから残るのだ。炭化することで長い間、土の中にあっても腐ることなく残る。また、建物や舟などの木も、通常は土の中で腐るのだが、水分の多い所では木製品は腐らないで残る。池の底にあった遺跡は、水のおかげで木材が残り発掘できるのだ。いつだったか、海中から昔の丸太が発見されたという記事を見た記憶があるが、木は海水でも腐らない。

こういうことを知っていると、博物館に行った時に展示品を楽しめる。本には他にも、土器が縄文・弥生・古墳時代で形が違うことや円筒の埴輪は殉死を辞めさせるために作られたこと、銅鏡は首にかけて下げられていたことなども書かれていて、こういったこと散策をする上で知っておいても困らない。

弥生時代の国内の情勢については、後漢が衰退したために九州の倭国が対立したというの知った。当時の国家は統一国家にはまだ程遠く、各地の豪族が力を持つ小国の連合国家だった。邪馬台国が後漢の衣を借りて連合国をまとめていたのが、後漢が亡びるとその威光を維持することができなくなり、再び内乱が起こる。中国大陸の情勢によって日本国内の情勢も変化しているのは興味深く、中国の歴史も押さえる必要性を改めて認識させてくれる。

謎の世紀
邪馬台国の後に興る大和政権は未だに多くの謎に包まれている。普通、歴史は時代が下るにつれて史実が明らかになっていくのだが、三世紀末から四世紀末の一世紀期はその前の時代よりも分からないことが多く「謎の世紀」といわれている。

邪馬台国はどこにあったのか、邪馬台国の後に大和政権はどのようにして興ったのか、大仙陵古墳(仁徳陵)はなぜ奈良ではなく大阪に造られたのか。神武天皇は実在したのか、神武天皇の後の八代の天皇は実在したのか。

大和政権の国土統一や朝鮮への進出は古代史の中でも重要な出来事なのに、文献に書かれているものの、具体的なことは分からない。それは、残されている史料が朝鮮側のものであるからだ。百済の記録や金門石、碑文といった朝鮮側の史料が残されているだけで、国内の記録は当時は文字がなかったためにない。そして、文字による記録は年代がはっきりしているが、それがどこで起きたことなのか記していないために、それが学者を悩ませている。

邪馬台国はどこにあり、大和朝廷はどのようにして興ったのか知るには、九州・瀬戸内海・近畿にある古墳を調べる必要がある。古墳といっても、前期・中期・後期と200年以上の年代の幅があり、しかも古墳の被葬者は誰一人として文字で残されていない。前期古墳期には銅鏡が必ず副葬されているから、銅鏡が謎を解く鍵になるかと思えば、銅鏡は異なる時代の物が複数埋葬されていて、種類も多くややこしい。

調査すべき古墳は戦後に形ばかりの調査が行われただけで壊されてしまったものが多く、宮内庁から許可が下りないものもある。そうした理由から、研究が進まず謎の世紀になっている。

国家の統一
そんな謎の世紀を挟んで、大和政権は国土を統一し君主専制国家を目指していく。同時期に行われた朝鮮への進出は、国土統一と同時に行われたというのが、興味深い。大和政権内部では王位継承争いが起き、磐井の乱が起き、その後は朝鮮の統治を失う。そのような政権崩壊の危機がありながらも、それを乗り越え、朝廷に権力を集めていくことに成功する。遅くとも蘇我稲目の頃には各地に朝廷の直轄地である屯倉が設置されるようにもなる。

四世紀後半から半世紀にかけて行れた朝鮮への進出は、高句麗軍の騎馬隊に散々に打ち負かされ、軍の編成や戦術の変化をもたらした。大陸の文明をいち早く取り入れる必要性を大和政権に強く認識させ、朝鮮出兵が国土統一を促進する強い契機となったのも、興味深い。そして、文字の使用が始まり、文書の作成・保存が始まり、窯が発達しそれにより塩業も発達し、織物が発達してと、次第に国力を高めていく。

また、任那にあった日本政府が新羅に滅ぼされたことは、大伴氏は没落と蘇我氏の台頭を招く。蘇我氏は財政機構を監督し、朝鮮との貿易に注力し、大陸の制度を取り入れて市場や港・船着場に税をかけるようになる。大伴氏と同様に朝鮮に強い関心を持ちながらも、軍事ではなく貿易に力を入れた点が、大伴氏との大きな違いとなるし、それが軍事国家だった大和政権の変化をを表している。

そして支配のための仏教が取り入れらえる。当時の大和政権は強い力の持った豪族の集まりだったため、部族や氏族を乗り越えた超越的な支配が必要だった。それに適していたが、普遍的な宗教であった仏教であった。

と、馴染みのない時代であったが、未開の状態から統一国家に至るまでの過程を押さえることができた。散策が趣味の自分としては、土器や埴輪、銅鏡や銅鐸といった、大抵どこの歴史博物館や郷土資料館にも置いてあるものへの興味が増えたため、読んで良かった。

今一つだった点
銅や鉄のことをもう少し知りたかった。青銅器は銅と錫で作られるが、それらの素材はどこで採れたものなのか。青銅器は途中から国内で作られるようになるのだが、その産地を知りたい。銅は奈良時代に秩父の和同が有名になるが、それ以前はどこで採れたのだろうか。中国地方か、それとも近畿か。同じように錫はどうだったのか。その辺のことを知りたかった。

また、日本の古代の特徴に青銅器と鉄器が同時に入って来たというものがある。世界を見ると、まず青銅器の使用があり、その後に鉄器へ移行していくのだが、日本ではそれが起こらなかった。青銅器と鉄器がほぼ同時に日本に伝わったことが何を意味するのか、どんな影響を与えたのか、その辺りのことも知りたいと思うところであった。

そして、磐井の乱後に朝鮮での統治がなくなるが、これが国内の政情や経済にどのような影響を与えたのかも気になる。何かの本で、朝鮮の統治を失ったことが国力を低めた訳ではなく、国内で鉄が採れるようになったから半島と関わる必要がなくなったと書かれていた。だとしたら、外交や軍事への煩いがなくなり、統一国家に向けて注力できたのではないかと思われる。その辺の事情も知りたいところではあった。書くスペースがないのを承知した上で、あえて書くとすればそんなことを思った。

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