【小話】縄文時代早期の半定住・半移住生活

日本の歴史〈1〉神話から歴史へ (中公文庫)
謎にみちた日本民族の生成を神話学・歴史学・考古学の最新の成果によって解明、神話の中の真実を探り、女王卑弥呼を語り、日本の歴史の夜明けを描く。

中公文庫日本の歴史シリーズ1巻の『神話から歴史へ』を読んだら、土器について知りたいと思い、無料で見れる渋谷の國學院大學博物館に行ってみた。

すると企画展で、群馬県長野原町にある居家以(いやい岩陰遺跡の発掘に関する展示をしていて、縄文時代早期の半定住・半移住生活を知ることができた。

國學院大學博物館のホームページにはオンラインミュージアムがあり、企画展や常設展の内容を家でも観ることができる。

國學院大學博物館ホームページ

群馬県の居家以岩陰遺跡には人為的な灰層があり、ここから多くの生活廃棄物や埋葬人骨が発見されている。生活で使った灰を集めて捨てた地層にそうしたものが埋められているのだが、灰のおかげで骨が朽ちることなく、理想的な保存状態で埋蔵されているのだ。

豊かな自然環境の中で狩猟採集生活が安定し、縄文文化が確立されていった縄文早期の頃(約10000~8000年前)の遺跡で、発掘はまだ途中で今後もその動向が注目されている遺跡である。

こんなに綺麗に骨が残っているのには驚く。ネットで調べてみたら、アルカリ性の土や粘土、密閉された甕棺や石室に埋葬されると、骨が残りやすいらしい。逆に、酸性の土や水・雨に触れると骨は残ることがないようだ。

保存状態の良い骨の中で個人的に気になったのが、歯だ。研歯や抜歯の形跡がない。縄文時代には通過儀礼として研歯・抜歯が行われたと、一般的には言われているが、この若い女性の歯にはそうした形跡がない。他の骨にも見られない。虫歯のない人骨も少なくはなく、縄文時代の人は虫歯が少なかったのかもしれない。

しかし、女性は歯の痛みからは逃げられなかったようだ。パネルの解説によると、この時期の女性は狩った動物の皮をなめすために、歯を酷使したようだ。動物の皮は剥いだままだと固くなってしまうので、「なめし」という作業をする必要がある。原始の頃は棒や石で叩いたり、揉んだり、歯で噛んで皮を柔らかくしたらしいのだ。

発掘された歯を調べると、皮をなめしたせいで歯のエナメル質が溶けてしまい、痛みがあったようだ。また、顎関節症にも苦しんだらしい。抜歯や研歯の風習が無くても、歯の痛みからは逃れられなかったようだ。

話が少しそれるが、動物の皮をなめすということが分からずネット調べたら、ある歯医者さんが「縄文時代の抜歯は皮をなめすためだ」と書いているブログを発見した。こういう考え方もあるんだなと、読んでいて面白かったので紹介しておきたいと思う(こちらです)。「縄文時代 抜歯 理由」「抜歯 なめす」で検索してもすぐに出てくると思う。

そして、痛みといえば男性は関節痛に悩まされたらしい。狩りに交易にと山を越える生活をしていたため、体への負担が大きかったのだろう。重いものを持って峠を越すとなると、下半身への負荷はかなりかかったことが想像できる。

企画展で興味深かったのが、縄文早期の居家以(いやい)人の行動範囲の広さだ。居家以岩陰遺跡で発掘された生活用品からは、長野県の和田峠で産出される黒曜石が見つかっている。パネルの解説によると、山を越えて和田峠の黒曜石を取りに行った(もしくは物々交換をしに行った)らしいのだ。地図で見てみると、山道を歩く訳で関節が痛くなるのが容易に想像できる。

また、装飾品の貝殻からは、三浦半島で採れる貝が見つかっていて、それからも当時の交易の広さが分かる。三浦まで行った訳ではないだろうが、山を一つや二つ越えるくらいはして、どこかに出かけて物々交換をしたのだろう。年中定住できた訳ではなく、半移住・半定住生活をしていたらしい。

そして、猟も大事な生活のための仕事であった。縄文人の骨には骨折が多いといわれているが、狩りでの怪我も多かったのだろう。

縄文時代といっても、あまりに昔のことでなかなか興味の持てない時代であるが、本を読んだのがきっかけで博物館に行ったら、いろいろなことを知ることができた。メインサイトで國學院大學博物館の記事も書いているので、興味のある方はどうぞ。

【東京】無料で日本の原始・古代を学べる國學院大學博物館 | 綴る旅 (tsuzuritabi.com)

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