2015年に電車日本一周の旅をした時は、平城宮跡歴史公園(以下、平城宮跡)に興味を持てなかった。当時は世界遺産に登録されている日本の観光名所に行くことを旅の目的としていたから、平城宮跡に行くことを検討したが、行かなかった。
ただ広いだけの土地に復元された建物があるだけの場所にしか思えず、どうしても行こうとは思えなかった。こう言っては酷だが、当時の自分にとっては平城京跡は名ばかりの世界遺産に過ぎなかった。
それが180度変わったのは、日本史を学び直してからだった。旅をより楽しむには日本史の知識が欠かせないと思うようになり、中公文庫の日本の歴史を1巻から買い、日本史の通史を学び直すことにした。
その3巻の『奈良の都』を読むと、これが面白かった。平城京がどのように造られ、そこで暮らす人々はどのような生活を送り、そこではどのような政治が行われたのか、読みやすい文章で書かれていた。
日本史を学び直す前は、奈良時代は自分の中でマイナーな時代で、古臭くて田舎臭い別段取り上げる必要もない時代だった。そんな偏見も本を読むとなくなり、奈良時代が唐という強大な国に追いつくためにがむしゃらに働いた時代だったことを知り、惹かれてしまった。
貴族は実務に長け、都を造るにも大仏を造るにも、設計から現場監督まですべての工程を自分で取り仕切った。自分の家の庭では農業をし、土臭い存在だった。
律令を全国に講義しに行く博士も、農業指導をしに任地に向かう国司も、風光明媚な場所を観光することなく夜も道を急いだ。平安時代とは違い、任地で精力的に働き、後に良吏と呼ばれる者が少なくなかった。
もちろん中にはそうでない者もいただろうが、それを差し引いても、奈良時代の人びとは貴族も一般人も懸命に働いた。そこに奈良時代の魅力があり、そう思うと、その中心だった平城京に行きたくなった。
平城宮跡には考古学の面からも世界遺産と言われるだけの価値がある。『若い人に語る奈良時代の歴史』によると、平城宮跡は現在までに50年以上も発掘調査が行われているが、調査を終えたのは全域の約3分の1に過ぎない。
これほどの広い面積が発掘された都は、日本はもとよりアジア全体を見渡しても他に例がなく、その規模と発掘の成果と地下遺構がよく残っている点に平城宮跡の価値がある。
そんな訳で2022年に電車日本一周の旅の続きをした時に、平城京跡に訪れてみた。
すると、これが楽しかった。
唐招提寺から40分ほど歩いて向かったが、その間、かつてこの地に貴族が住み、自分の庭に作物を育て、奥さんも土をいじり農業に明るかったことが思い起こされた。
下級官人はもっと遠くに住み、土地を借り家を建て井戸を掘り、写経などの仕事をし、中には単身赴任でこの地に住み、6日に1度の休日には国営の市場に出かけたことなんかも思い出した。
そんなことを考えているとあっという間に平城京跡についてしまった。
入口には遣唐使船を復元したものがある。事前の知識では、危険な遣唐使船は戻って来れる確率は25%とされ、4隻で唐に向かった。4隻のうち2隻が唐にたどり着き、うち1隻が日本に帰って来れればいいとされていた。
しかし説明板には、実際は18隻のうち14隻は無事に戻ってきたとあり、さほど危険でなかったことを知った。遣唐使には、国の代表として相応しい、官僚の中でも優秀な人材、しかも脂の乗りきった働き盛りの者が選ばれた。彼らは帰国してから唐で学んだことを大いに国のために役立てたのだろう。
太極殿に向かう途中、復元された朱雀門がある。何も知らなければただの赤い古風な門だが、事前に読んだ本には、樹齢400年前後の木曽檜や吉野檜などの、貴重な国産檜が使われていることが書かれていた。太極殿にも国産檜が使われていて、そちらは樹齢230~300年のものになる。
寺院建築など瓦の重い大きな建物を建てる際には、樹齢の高い国産檜に勝る木材はないが、現在日本ではそうした檜が無くなってしまっている。そんな状況にもかかわらず、何とこの平城宮跡の復元で国産檜をほぼ使い切ってしまった。最後の貴重な檜が使われたのだ。
それほど平城京跡には価値があるのだ。
そんな平城宮跡の敷地には踏切があり、電車が走っている。世界遺産の敷地に電車が走る所など、そうあるものではない。この電車も2060年には無くなるようだが、インパクトのある場所だとつくづく思う。
平城宮跡は入場料が無料なのもいい。敷地内に3つも資料館があるが、それらも無料で見れる。一箇所、手違いだと思われるが閉館していて中に入れなかったが、二つの資料館は展示や解説が充実していて、素晴らしい資料館だった。
皇族や貴族の儀式や生活だけでなく、庶民の生活もしることができる。奈良時代の呪いや祈りの展示が特に、当時の人びとの心理を知れ、親近感を感じ、楽しむことができる。
平城宮跡は敷地がとにかく広く歩くと疲れるが、無料で一日楽しむことができ、素晴らしい施設だ。奈良時代に興味のある人にとっては、一日中、資料館と太極殿、朱雀門、遣唐使船、売店、休憩所と歩き回って楽しむことができる。
もっと平城宮跡の認知度が上がり、その良さが広まってもいいのにと思う。
機会があればまた訪れたい場所である。
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