【福井県】昔の建物が残る小浜の観光名所 小浜西口

福井県

小浜を旅した時、西組が意外によかった。
江戸時代末期から昭和30年頃までに建てられた伝統的な家屋が約280棟現存している、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている場所なのだが、歩くのが楽しかった。

小浜は戦時中の空襲を免れたため、昔ながらの建物や道が残っている。
小浜は古代から中国大陸との窓口となり、中世に日本海側屈指の湊町として栄え、近世に町人の町として賑わった町である。

漁に適した若狭湾があるため昔から海の幸に恵まれ、古代は、小浜は海のない都に海産物を納める御食国(みけつくに)となった。
奈良や京都といった海がない都にとって海産物は貴重であり、志摩国(しまのくに)や淡路国(あわじのくに)と並ぶ御食国(みけつくに)の若狭国は重要な国だった。
※若狭国はタイやイワシ、アワビ、イガイなどを納め、また古代は塩づくりが盛んだったため土器で作った塩も都に運んだ
※志摩国は現在の三重県、淡路国は兵庫県

若狭湾で獲れた魚介類が奈良や京都に運ばれ、街道ができ都と繋がることで都からも人やモノが移動し、そして文化が若狭に伝わり、栄えた。

陸路で都と繋がる一方で、海路では他の地域と繋がり、東は北海道、西は対馬や朝鮮半島、あるいは肥前へと繋がった。
中世は日本海側屈指の湊町として繁栄し、室町時代は南蛮船が来航し日本で初めてゾウが上陸して京都まで運ばれた、なんて歴史もあり面白い。

近世になるとそれまで混在していた武士や町民の家や社寺が、町人の町として整備され、東組・中組・西組に分けられ、西組は町場、寺町、茶屋町などの町並みが広がる現在の形に区画された。

奥行きが長い平入りの、二階建ての浅瓦葺の建物と、火災の時の延焼を防ぐ袖壁という、うだつがあるのが特徴である。

軒先には身代わり申、災いを代わりに引き受けてくれる申を丸めた庚申信仰に基づく一種の御守り厄除け、が吊るされている。
電柱が景観を損なわないように立っている。保存地区というだけあり、電柱がほとんどなく綺麗な景観。

写真で見るよりも実際に歩いてみると、素晴らしい景観で、日中ゆっくり歩きたいと思う場所だった。

江戸時代初期に小浜では市場が整備され、海産物の集荷業者や廻船問屋などの商人が軒を連ね、港町として発展して、ここから鯖が京都に送られ、鯖街道の起点として知られている。

朽木(くつき)屋という、創業260年以上の老舗では、鯖を丸々一本串焼きにした、鯖の浜焼きが売られている。
普段食べることのない大きな鯖を頬張って、小浜を歩いてみるのも面白いのではないかと思う。

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【福井】小浜散策 中世日本海側で一番栄えた湊町の歴史にふれる(電車日本一周補完の旅10日目①) | 綴る旅 (tsuzuritabi.com)

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