【小説のレビュー】戦時中『東京焼盡』内田百閒

東京焼盡 (中公文庫)
空襲に明け暮れる太平洋戦争末期の日々を、文学の眼と現実の眼をないまぜつつ的&...

あらすじ
昭和19年11月1日の午後一時過ぎ、空襲警報が鳴りだす。この日から東京への空襲が本格的に始まる。著者の内田百閒は東京の麹町に住み、日本郵船で嘱託をして暮らしている。55歳になる。11月の終わりには神田日本橋に爆弾が落ち、朝昼晩と日に何度も警報が鳴るようになる。敵機が近づいてきたと聞けば、寒いなか警報が鳴る度に外に出なければならない。大晦日の夜も警報が鳴り外に出て、年が明ける頃にうとうとしてたらまた警報が鳴る。無事正月を迎えるものの、鹿が食うような物しかない。年が明けてから、銀座に爆弾が堕とされ、浅草深川もやられ、品川大森間が一面火の海になっていくのを見聞きする。そうしているうちに、遅かれ早かれ自分の家も焼けるのだろうと思うようになる。

5月についに家を焼かれ、火の手を避けて命からがら逃げる。知人にお願いして3畳の小屋を借りることはできたが、煙たがられ嫌がらせを受ける。配給は滞り日に日に食べ物は無く、大好きなお酒が手に入らないのが何と言っても辛い。冬は寒さ暗さに苦労したが梅雨は長雨に困り夏は暑さに難儀する。蚤や蚊も煩わしくろくに寝ることができない。必要な物を買うにも薬をもらいに行くにも、焼け野原となった東京では探しようもない。ドイツの敗戦を耳にし、広島で原爆が落とされたことを聞き、東京も気を付けた方がいいと知らされる。そろそろこの生活も終わるのではないかと、そんなことを思うようになる。

本の紹介
内田百閒の作品の一つに『第一阿房列車』がある。旅好きの人なら読んだことのある人も多いかと思う。行先が無いのに旅に出て、お金がないのに電車に乗るという破天荒な著者の書く作品にはユーモアがあり面白い。

そんな内田百閒が昭和19年11月1日から20年8月21日までを記録した日記は、酒への執着やユーモアのある記述が挟まれ、笑ってしまう場面が少なくない。戦争や政治についての自身の考えを書くこともなく、日々起きたことを淡々と記している。しかしそれだけに、内容が内容だけに戦時中の暮らしの大変さを改めて感じさせる作品となっている。

連日の空襲警報によりろくに寝ることができず、食べる物も日々無くなっていく。家を焼かれてからというもの、雨に暗闇に蚊に蚤にと、更に不自由な暮らしを強いられる。会社に行った時に鏡に映る自分の瘦せこけた横顔を見て驚いたり、道で出くわした力士の瘦せ細った姿にびっくりする場面もある。それでも戦前から名の売れた作家だけに、助けてくれる人が多い。米を貸してくれたりお酒を持って来てくれたり、その他生活に必要なものを調達してくれる人がいる。

しかし、普通の人々はそうもいかないだろう。臨時にお金の工面ができる訳でもないし、コネやツテで物資を何とかしてくれる人もいないだろう。そういった人々は百閒よりも不自由な生活をしたに違いない。焼け残った木材を集めて掘っ立て小屋を作り荷物は防空壕に入れて暮らすといったそんな生活をしていたが、百閒と違って蚊帳なんてものはない。雨が降れば雨漏りに遭い、防空壕の荷物は濡れてしまう。晴れれば道に濡れた荷物を広げて天日にさらす。勤労奉仕に呼び出され作業をしなければならず、体を壊しても薬など手に入らない。とんでもない時代だったことを、改めて認識する。

読んだきっかけは、日本酒について調べていたら、ある本に戦時中のお酒不足についてこの本に載っていると書かれていたことだった。日本酒といえばお米であり、食糧難となれば自ずと不足する。日本酒の物価がどのように上がっていったのか、百閒のような一般的に世間で言われるところの成功者はどのくらいお酒を手に入れることができたのか、といったことを知りたくて読んだ。

しかし読んでみると、気軽に読むような内容でないことを痛感した。空襲下での生活がいかに大変なものだったのか痛感させられる。政治について語ることもなく、戦況についても硫黄島が陥落した、ドイツが敗戦した、広島に原爆が落とされた、といった短い記述だけである。それだけに、当時東京に住む人々がどのような暮らしをしていたのか書かれた文面から自分で考えることになる。

連日鳴り響く警報、焼夷弾で焼け尽くされていく日本の町々、食糧難、物資不足など、戦時下の東京の暮らしをまざまざと感じさせる作品である。過去にこうしたことが実際にあったということを改めて考えるのに是非とも一読したい作品である。

この日記の終わる昭和20年8月21日の翌日から始まる戦後日記も書かれているようで、そちらも機会があれば読んでみたい。

東京焼盡 (中公文庫)
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戦後日記はこちら。1巻から3巻まである。
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