【小話】平安時代 虫を恐れた平安時代の人々

歴史小話

画像は病草紙(出典:国立国会図書館デジタルコレクション)

庚申信仰について調べた時、平安時代の貴族は三尸虫(さんしちゅう)という目に見えない虫を恐れていたのを知って、昔の人は随分と迷信深かったものだと思った。現代よりも医学が未発達で衛生状態も悪く、地震や洪水、旱魃や飢饉、疫病などが起こる停滞的・閉鎖的な社会だったため、人々は迷信深くなり実在しない虫を恐れていたのだと思っていた。

しかし、中公文庫の日本の歴史5巻『王朝の貴族』に当時からマラリヤがあったことが気になり、平安時代の病気について調べてみると、虫による病気が多かったことが分かり驚いた。マラリヤは血液中のマラリヤ原虫を蚊が媒体として伝染し、定期的に高熱が出るものだが、同じように高熱が発生する病気にツツガムシ病というものがある。新潟や山形、秋田の日本海にそそぐ川の中・下流地帯で毎年夏になると発生するもので、ケダニに刺されると突然高熱と発疹で譫妄(せんもう)状態になり2週間~20日以内に半数が死んでしまう病気である。

そして寄生虫による病気にも苦しむことが多く、皮膚が象のようになりぶくぶくに腫れてしまうフィラリア症(象皮病とも)や体はガリガリに痩せる一方で腹水が溜まって腹がパンパンに膨れてしまう住血吸虫症という病気もあった。フィラリア症は蚊が媒体となりバンクロフト糸状虫が体内で成長し、住血吸虫症は田んぼの溝や小川に生息する貝(ミヤイリガイ)を宿主とする虫が皮膚から体内に入って増殖することによって病気を発症させるものである。

これらの虫による病気は稲作の普及ととも広まったらしく、寄生虫においては原始の頃から食中毒で死んでいたことが遺跡の発掘から分かっており、古くから人類は虫に苦しめられてきたことが分かる。「つつがない」という言葉がツツガムシ病にかからず元気でいることを表しているように、「虫」の入った言葉を想像してみると、いかに日本人が虫と関わりがあったのかが分かる。疳の虫、虫封じ、虫歯、ふさぎの虫(憂鬱、鬱になること)、虫の居場所が悪い、虫が好かない、虫のいい話、虫の知らせ、腹の虫が収まらない、と虫のつく言葉は現代でも使われている。

平安時代は病気になると医者よりもまず祈禱師を呼び、もののけや怨霊を追い払おうとし、薬よりもお祓いが優先された。そんなイメージからか、当時の病気は結核や麻疹(はしか)、痘瘡(天然痘)といった人から人へ伝染するものだと思っていたが、マラリヤや住血吸虫、ツツガムシ病などの蚊や貝などを中間宿主にして人へ伝染する病気も多かったのだ。そうしたことが知ると、平安貴族が三尸虫を恐れ、夜通し起きていたいたことも分かる。

参考文献
土田直鎮『日本の歴史5 王朝の貴族』中公文庫
酒井シヅ『病が語る日本史』講談社学術文庫(2008)

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